テツ、鉄ちゃん、鉄キチ、鉄ヲタ、鉄子(女子限定)、○○鉄(乗り鉄、撮り鉄、録り鉄etc.)・・・。いづれの御時よりか鉄道ファンがかく呼ばれるようになりました。「非鉄(鉄道趣味のない者)」には信じ難いかもしれませんが、「鉄分の濃い(鉄道への熱中度が高い)」者だと、「ボギー台車」「軸箱守」「イコライザー」「揺れ枕」「シュリーレン」「ミンデンドイツ」「アルストム」「ボルスタレス」・・・なんていう単語で目が爛々と輝き、ディープな世界にハマってしまうでありましょう。そういえば、ミンデンの一種とみなされるIS式台車を履いた新幹線01系「夢の超特急」が、東京~新大阪4時間で営業開始したのは1964(昭和39)年10月1日、東京オリンピックの9日前のことでした。しかしここは音楽のブログなので、そっち方面の説明は以後さらっと流すことにいたしまして・・・。
日本の鉄道は1872(明治5)年10月14日、新橋~横浜(現在の汐留~桜木町)間で開業しました。今はその日が鉄道記念日になっています。以来140年の歴史を通して膨大な規格が洗練・統一されてきた結果、今ではほぼ全国の在来線(1067mm軌間)で25mの長さのレールの上を20mの車両が走っています。いわゆる「ロングレール」も、この25mレールを現場溶接して作るものです。鉄道の擬音語である「ガタンゴトン」とは、この鉄のレールの継ぎ目の上を鉄の車輪が通り過ぎる際に発する音なのです。
代表的な車両の寸法を列挙すると、連結面間距離20000mm、車体長19500mm、台車中心間距離13800mm、車軸間距離2100mmです。それで、先頭車の先頭車軸から2両目の先頭車軸までの4つの車軸間隔は、それぞれ2100mm、11700mm、2100mm、4100mmとなります。
E233系 中央快速線 新宿駅
図1はこの関係を示すものです。このE231、E233系電車は主として東京周辺を走っていますが、共通設計のJR近郊型や私鉄の車両も含めると、おそらく東日本で3000両以上も走っているでしょう。地方都市といえども、新しいステンレスカーの電車を見たら、今やほぼこの系統の型式と思っていいくらいです。
図1
60km/h走行の場合、ある車軸に注目すると、1.5秒に1回レールの継ぎ目を通過し、この時「ゴトン」と音がします。これはメトロノームで言うと四分音符=40に相当します。電車に乗っていると、前後のハコについている台車3台6車軸分の音がだいたい聞こえてきます。今度はあるレールの継ぎ目に注目すると、不等間隔の6つの車軸の下を順に通過し、その際「ゴトンゴトン」と続けざまに発音するのが乗客の耳に聞こえる訳です。そこでリズムとしては、「6つの音が特定のパターンで四分音符=40の速度で流れる」ということになります。ここから面白いところですが、「ハコの中の自分が乗る位置によって、近い台車の音は強く、遠い台車の音は弱く」聞こえます。つまり平板な6拍の音ではなく強弱のメリハリの付いた音になります。こうなると音楽のリズムそのものです。
<例1> 先頭車両の先頭に乗る
自分の真下に台車が1台~強音、13.8m後ろと20m後ろに1台ずつ~弱音。
そこで、この場合にレールの継ぎ目と車輪が生ずるリズムは次のようになります。
<例2> 連結器の近くに乗る
自分の付近に台車が2台~強音、13.8m前か後ろに1台~弱音。
そこでこの場合のリズムは次のようになります。
<例3> 車両の中央に乗る
この場合は、自分から離れた合計4つの台車の音が等しく弱く聞こえます。
そこでこの場合は次のようなリズムに聞こえます。
リズムの探求はまだまだ続きます。
<例4> 踏切際で近くにレールの継ぎ目がある場合
この場合はその継ぎ目を通過する車軸の音しか聞こえません。
それで次のようになります。
<例5> ある程度線路から離れた立ち位置
この場合は複数の継ぎ目から発する複数の音が全部耳に入ってきます。車両寸法は20m単位、レール継ぎ目は25m間隔なので音もずれます。2拍子3拍子3連符アップビートetc.が入り交じり、打楽器奏者泣かせかも。笙吹きの手には負えません。ターミナル駅(新宿、上野、梅田、天王寺、バンコク・ホアランポーン駅など)に列車が入線して来る辺りでお聞きになってみてください。
その他、小田急ロマンスカーなどの「連接台車」や、一軸台車の車両をムカデのように連ねたスペイン国鉄の「タルゴ」の走行音などをシミュレートするのも興味深いですが、ここでは割愛します。
このように、テツと音楽の趣味も多種多様。「演り鉄(やりてつ)」という新ジャンル開拓です。(実は既にプロミュージシャンが存在します。「スギテツのGRAND NACK RAILROAD」www9.plala.or.jp/teppeikun 参照)。あるいは、上記のレールと車両の各部寸法からそれぞれの車軸の発音時刻をミリ秒単位で計算し、ミュージックソフトでコンピューターに打ち込んで強弱をエディットし、「完全デジタルで列車音を合成する」なんていうのも楽しいかも。これは「シンセサイザー鉄」かな。19世紀末のドボルザーク(交響曲「新世界より」の作者)は、当時の「陸の王者」だった蒸気機関車の音を聞いて霊感に打たれ、「ユモレスク第7番」を作曲しました。汽車を見るためプラハ駅の近くに住んだほどの鉄道マニアだったそうで、さしずめ「作曲鉄」です。
ここでようやく、話は雅楽の方面へ入線してまいります。「陵王乱序(りょうおうらんじょ)」をご存知でしょう。太鼓、鞨鼓、鉦鼓で奏でる、強烈な印象の4拍子の曲です。始めから終わりまでこの拍節だけの曲で舞う「安摩」「二ノ舞」なる舞楽もあります。筆者が初めて雅楽を聴いた際、「還城楽」の入退場としてこの曲がプログラムにありました。「雅楽ってメロディーが辛気臭いうえに、リズムが有るのか無いのかはっきりしないほどノロノロした曲ばっかりだな」と思っていたところへ、ものの見事な反例。思わずその場で採譜してしまいました。こんなことをやったのは後にも先にもこの時ばかりです。
主として管絃曲や平舞の曲に慣れ親しんだ古代中世の人々でありましょうが、その中にあって「陵王乱序」のようなリズムを生み、それだけで一曲作ってしまうとは、何という才人・粋人でしょう。身の回りの自然に研ぎ澄ました耳を傾け、心に閃いた「いとをかし(たいそう趣深い)」という響きを素直に写し取ったに違いありません。ドボルザークもですが、この無名の楽人氏に脱帽です。聞く耳を持つ人にとっては、「世界は音楽に満ちている(ピタゴラス)」のでしょう。
これほどの才気に満ち溢れた音楽人ですから、もし現代の電車の走行音を耳にしたらたちまちインスピレーションが湧いてくることと思います。「陵王乱序」よりはちょっと複雑なこれらのリズムをモチーフとして、舞楽「鉄子の舞(てつこのまい)」を作ってくれたかもしれません。それに重ねるメロディーとして、釣掛け式直流直巻電動機やサイリスタチョッパ制御器の唸り音、とくれば、テツなら欣喜雀躍。「雅楽鉄」というニッチ市場の生まれる予感が・・・。
鞨鼓にてレコーディングしたサンプルを上に4つ挙げておきました。イコライザーや揺れ枕を持つ旧式の重量台車による走行音は「ガッタンゴットン」と、大太鼓の地響きの趣がありました。近頃の溶接ロングレール+ダイアフラム空気バネ付き軽量ボルスタレス台車の組合わせでは「カタンッ、コトンッ」と、いかにも鞨鼓(もしくは木鉦)の「カラコロカラコロ」という響きで演るのに相応しいです。着メロにどうぞ。ダウンロードフリー。但し10日後に有料サイトに移しますのでお早めに(笑)。 KK
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