リードは笙の発音源です。ハーモニカのリードに似ています。竹管の根元に貼られた僅か1mm幅の金属製の薄い舌が、呼吸に伴い表裏同様に振動して発音します。それで笙は、吐いても吸っても同じ音を出し続けることができるのです。生耳では聞こえないほどのこの音を竹管で共鳴させると、人の耳で聞こえるレベルとなります。この仕組みはパイプオルガンと同じです。
竹管と違い、リードには複合材料や高剛性フィルム等のハイテク素材は必要なさそうです。篳篥やオーボエのリードのように「葦:あし」で作る理由もありません。材料が枯渇しているわけではないので、伝統的な銅合金製で宜しいと考えます。それが笙の音色ですから。これをアルミ合金やステンレス鋼で作るとどうなるか、ということは、ここでは問わないことにします。
ところがやっぱり面倒なことが。笙のリードとなる伝統的な銅合金には2種類あります。「黄銅」(真鍮:しんちゅう、ブラス)と「青銅」(ブロンズ)です。
「黄銅」
銅と亜鉛の合金。各種あるが大雑把に言えば銅:亜鉛=2:1(重量比)。亜鉛は安いし、合金は加工し易くてそこそこ強く、また錆びにくく黄金色で美しいので、板材などが工業的に大量生産されており、容易に入手可能。ただ、熱処理によって焼きを入れる(加熱後に急冷し、主として硬くかつ粘り強くする処理)ことができない。銅と亜鉛の組合わせでは元素の性質からいって本質的に焼入れ不可能。金管楽器の本体は主としてこの合金製。(ここから「ブラスバンド」なる呼称が生まれた。)
「青銅」
銅と錫(すず)の合金。これも種々あるが大雑把に言えば銅:錫=9:1。但し微量の他元素を含むことが多い。焼きが入るので硬く粘り強くすることができる。けれども、錫や微量元素の含有量、加工法や熱処理プロセスの設定によって性質が大幅に変わり、ノウハウに頼る部分が多く品質管理が難しい。錫も高価。奈良の大仏・お寺の梵鐘・銅剣銅矛銅鐸なども青銅製。それどころか、紀元前3000年代メソポタミアの「青銅器時代」以来の伝統ある合金で、正にノウハウの塊。
いかがですか。賢明な諸兄氏には、「笙リード一級品」に真鍮製が多く、「笙リード特級品」だと「中国○○省出土の古代の銅鑼から採取した材料」等の薀蓄がつく理由が、何となく納得できるかと思います。中国は紀元前1500年代の殷時代から青銅器時代ですので(更に遡るという説あり)、古代の銅鑼とは青銅製の筈です。良い音を出すリードのキモは、やっぱり「硬くて粘り強い」ことなのですね。
より硬くて粘り強い武器を持っているかどうかは、矛と盾で戦う時代には生死の分かれ目でしたから、支配者は鋳物師(いもじ)という特殊技能集団を囲って、(未だ鉄が利用できない時代に)扱い難い青銅の技術を必死で蓄積したのでしょう。今で言う「(旧)科学技術庁金属材料技術研究所」であり、あるいは「宮内庁式部職楽部」で楽家集団を維持するようなものです。錫や微量元素の含有量やら鋳造法鍛造法やら熱処理温度云々なんて彼らは知る筈ないですから、「鉱石はアルタイ産が最高だ」「○○方向に××回打って鍛えろ」「焼入れはピンク色になるまで炙れ」等というノウハウを代々伝え、しかも絶対に門外不出。漏らした者は拷問惨殺。それでもやっぱり、国が滅ぶなどするにつれて技術は徐々に伝播し、BC3000年のメソポタミアからBC1500年の中国まで来た。それが更に3000年の時を経て、今では笙リードの特級一級を分けている、と考えるとちょっと面白い気がします。
それにしても現代の金属学徒(ン十年前)としては、「○○省出土の××時代の銅鑼」なんて言わずに、「錫△%の燐入り青銅、圧延度□%、焼入れ焼戻し品」のような規格に依った燐青銅などの材料で笙のリードを作れば、当たり外れがなくなるし、音そのものもきっともっと良くなるのに、と悔しい思いもします。 OS
コメント
そんな古代史を繙かなくても、昨今日本の金型や液晶や電気自動車の技術があちこちに漏れ伝わっています。但し日本も高度成長期には、欧米のコンピューターなどの先進技術を、眉を顰めるような手段で入手した、というニュースもありました。
各地の文明の進展に早い遅いがあれば、必然的で仕方のないことかもしれません。その点「雅楽」のような「文化」は、「良いものは大勢の人が真似してくれる」ということで宜しいかと思います。 OS ■
<付記>
黄銅や青銅は耐食性が良く、鋳造性も良いので、身近なところでは水道の蛇口がそうです。もちろん青銅(砲金とも)の方が高級品です。だがここでも一筋縄ではゆかず、黄銅には「時期割れ」という短所があるので、内圧のかかるメネジには絶対に使われません。たとえ近隣国からの廉価品でメネジ部分が黄銅になってる部品があっても、絶対に採用してはなりません。いずれクラックが入ってリークします。 OS ■